おでん

終電で帰宅した。
しんしんと雪が降る中、家までの慣れた道を歩く。
そこかしこに、母の姿がよみがえる。
家に着くと、
鍋の中に、父の作ったおでんがあった。
机の上には、ともだちからの贈り物があった。
ガサゴソと包みを開けると、かわいらしいタオルだった。
顔を埋めて、涙を拭いた。
私は、三年経っても、まだ泣くのだ。
いつまでも、悲しみを手放せない。
こんな文章しか書けない。
遅すぎる、歩み。
来年こそは、前だけ見て、生きようと思うけど。
辛いときは、辛い。
けど、一人じゃなくて良かった。
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黙って受け入れようと思っていたけど。
本当に、それでいいのだろうか。
この家が、なくなる。
父を責めることはできない。
妙な人だけど、少し冷たいとは思うけど、
残された人は、懸命に、自分なりに、
良く生きるしかないのだ。
優先すべきは、家族全員が良く生きること。
そのために父が出ていくなら、それは応援したい。
でも、私は・・・。
今はまだ、この家がなくなることに耐えられそうにない。
もう母はいない。父もいなくなる。
誰もいない家になる。
でも、だからこそ、この家しか拠り所がないのだ。
不健全だろうか。
潔く家を売って、新しい家庭を築くことを考えるべきだろうか。
義家族や夫とうまくいかなくても、いっていないからこそ、
自分の生まれ育った家庭のことを忘れて、
義家族に馴染めるように努力すべきだろうか。
どうすることが、一番、常識的で、健全で、誰にも迷惑にならない?
何に重きを置いて決めればいい?
こういうとき、近くに相談相手がいないことが恨めしい。
と思ったら、数日後に、札幌に住む唯一の女友達に会えるのだった。
相談にもうってつけの人だ。
ああ、やっぱり一人じゃなくて良かった。