沼の底

恋人と別れてからほどなくして
私は良い感じに立ち直った。
あんなに欲しかった子供、自分の家族というのは
一人ではどうにもならないから諦めて
自分の本当にやりたいことをやろうと決めた。
今いる場所や仕事を離れることに決めて
着々と次の場所へ移る準備を進めた。
不安はもちろんあったけれど
自分一人くらいどうやったって生きていけるだろうと思った。
そんな時、また泥沼にはまった。
引きずり込まれたというよりは、
沼の中から亡者に泥だんごをぶん投げられて、
やめるよう説得するために沼の中に入っていった。
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別れた恋人も泥だんごをぶつけられた一人だった。
彼は動じず亡者の方を振り返りもせず
私や他の人と一緒に沼へ下りて泥にまみれることもせず
亡者をすくいあげるべきだという声もあったけど
聞こえてるのか聞こえていないのか
前をみて歩き続けた。
その姿を見て周りは憤っていたけれど
私はなぜかほっとした。
彼が優しいふりをして助けようとなどしなくてよかった。
彼が自分の身の潔白を証明するために声高に叫んだりしなくてよかった。
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そして泥沼の最中、前へ進めず、かといって止まることも耐え難い状況で、
彼から復縁の申し出を受けた。
思いもよらなかった。
不器用なような、ロマンチックなような言葉に対してわいたのは、
怒りの感情だった。
もう一緒に居たくないといったのは、あなただ。
私がどんな気持ちであなたを忘れようとしたかわかるか?
なぜ今更、そんなことをいうのか。
彼を責めた。
彼はごめんなさい、と何度も謝った。
自分の気持ちに素直な人間というのは、こんなものか。
人の気持ちをいくら害しても、
自分の気持ちにのみ正直にしか生きられないのだ。
じゃあ、仕方ないか。
彼の謝罪を聞きながら、怒りはすぐに収まった。
彼の自分勝手さには慣れている。
それから、話し合いを重ねている。
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誰かと一緒にいるのは
一人でいるより楽しかったりする反面
身動きが難しくなったりする部分もある。
今の状況では一人ならどこへでもいけるけど
二人だと相手の意思もある。
しばらくは沼の浅瀬をザブザブと歩かねばならなそう。
長靴を忘れないようにすることと、
深みにははまらないように気をつけよう。