冷風
亡者との戦いは幕を閉じた。
誰も敵にならなかったし
かえって周りとの絆が深まった気さえする。
今は平凡で静かな生活を過ごしている。
*
別れた恋人は
彼が成し遂げた偉業より
私との思い出が何より大事だったと気づいた
そういった。
何か腑に落ちないものを感じながらも
私たちはよりを戻し
来春には彼の故郷に一緒に帰ることになっている。
私たちは確かにお互いを好いている。
親しみを感じているし情が湧いている。
私は彼のことをそれなりによく理解しているし
他の人より寛大に彼を受け止めてあげられる自信もある。
素晴らしい思い出もたくさんある。
仕事を辞めて彼と暮らすことは、私がこの数年、
何より望んできたことだ。
このまま進んでいけば、
それが叶う。
でも今になって、ものすごく迷っている。
*
今、私は、前、結婚してこの地を去ったときのように、
「失うものが何もない」状態ではない。
仕事は楽しいし、同僚にも恵まれている。
いつでも会える場所に良い友達もできた。
もう実家はないけれど、兄がいるし、親戚もいる。
過不足なく幸せに暮らせているということは、奇跡のようなことだ。
今の幸せは、失敗しながらも、自分で築いたものだ。
それを捨てて、彼についていくのは、
ギャンブルのようなものだ。
しかも、彼が望む生活と、私が望む生活は、
おそらく違う。
私はある程度妥協はするけど、100%合わせるのは嫌だ。
彼は妥協して幸せになれるタイプではない。
だから私たちが一緒にいてうまくいく可能性は
極めて低いと思っている。
*
別れることを考える。
私が今、幸せで暮らしていられるのは、
彼のおかげだ。
彼が幸せにしてくれたわけではない。
彼が、幸せでいるお手本を見せてくれた。
自分の心に耳を傾ける。
自分の本当に望むことをする。
嫌だなと思うことはしなくていい。
でも好きなことは全力でやる。
ありのままの自分でいい。
惨めに自己嫌悪ばかりしていた人生が180度変わった。
*
彼と一緒に行った場所を思い出す。
一緒に見た景色を思い出す。
早朝の誰もいない、凍りついた港。
山頂の花畑で朝食をとるヒグマ。
海岸のカモメがたまる断崖。
森の奥の奥にある大きな滝。
*
なんであんな男と付き合うんだって
いろんな人に言われた。
でも私は彼と一緒にいたことを後悔したことはない。
大事なものをたくさんもらった。
ずっと一緒にいられるのが一番美しいけど
お互いの幸せを思って別れることも
間違いではないのかもしれない。