冷風

亡者との戦いは幕を閉じた。
誰も敵にならなかったし
かえって周りとの絆が深まった気さえする。
今は平凡で静かな生活を過ごしている。

別れた恋人は
彼が成し遂げた偉業より
私との思い出が何より大事だったと気づいた
そういった。
何か腑に落ちないものを感じながらも
私たちはよりを戻し
来春には彼の故郷に一緒に帰ることになっている。
私たちは確かにお互いを好いている。
親しみを感じているし情が湧いている。
私は彼のことをそれなりによく理解しているし
他の人より寛大に彼を受け止めてあげられる自信もある。
素晴らしい思い出もたくさんある。
仕事を辞めて彼と暮らすことは、私がこの数年、
何より望んできたことだ。
このまま進んでいけば、
それが叶う。
でも今になって、ものすごく迷っている。

今、私は、前、結婚してこの地を去ったときのように、
「失うものが何もない」状態ではない。
仕事は楽しいし、同僚にも恵まれている。
いつでも会える場所に良い友達もできた。
もう実家はないけれど、兄がいるし、親戚もいる。
過不足なく幸せに暮らせているということは、奇跡のようなことだ。
今の幸せは、失敗しながらも、自分で築いたものだ。
それを捨てて、彼についていくのは、
ギャンブルのようなものだ。
しかも、彼が望む生活と、私が望む生活は、
おそらく違う。
私はある程度妥協はするけど、100%合わせるのは嫌だ。
彼は妥協して幸せになれるタイプではない。
だから私たちが一緒にいてうまくいく可能性は
極めて低いと思っている。

別れることを考える。
私が今、幸せで暮らしていられるのは、
彼のおかげだ。
彼が幸せにしてくれたわけではない。
彼が、幸せでいるお手本を見せてくれた。
自分の心に耳を傾ける。
自分の本当に望むことをする。
嫌だなと思うことはしなくていい。
でも好きなことは全力でやる。
ありのままの自分でいい。
惨めに自己嫌悪ばかりしていた人生が180度変わった。

彼と一緒に行った場所を思い出す。
一緒に見た景色を思い出す。
早朝の誰もいない、凍りついた港。
山頂の花畑で朝食をとるヒグマ。
海岸のカモメがたまる断崖。
森の奥の奥にある大きな滝。

なんであんな男と付き合うんだって
いろんな人に言われた。
でも私は彼と一緒にいたことを後悔したことはない。
大事なものをたくさんもらった。
ずっと一緒にいられるのが一番美しいけど
お互いの幸せを思って別れることも
間違いではないのかもしれない。