秋刀魚

彼がまた出張に行った。
数ヶ月後から住む、遠いところへ。
また、一週間会えない。
もうすぐ、もっと長いこと会えなくなる。
遠距離恋愛というやつ。
今回の出張は、その練習だという。
馬鹿馬鹿しいと思う。
初めて恋愛をした中学生みたい。
けど、確かに、とも思う。
四六時中一緒にいるものだから、
会わない練習は大きな意味をなす。

遠距離恋愛の八割は別れるという。
そりゃそうだと思う。
会えないって、致命的。
私達はどうなることだろう。

彼といると、すごいスピードで毎日が過ぎて行く。
ゆっくり歩いていたのを、
急に走っているバイクの後ろに乗せられるような。
私は私の生活を全部置き去りにして、
どこかへ連れて行かれる気がする。
だから、たまに彼と離れると深く安心する。
好きなだけ寝られる。
好きなだけ料理に没頭できる。
掃除も、洗濯も、ハルと遊ぶのも、身だしなみも。
ああ、全部ないがしろにしてた、と気付く。

小さい頃、アルバムをめくっていて、
母が着物を着ている写真を見つけた。
鮮やかなオレンジ色の着物。
普段は落ち着いた地味な色ばかり好む母にしては珍しい色だった。
なんていう色だろう。
なんでこんな派手な色を選んだんだろう。
不思議でならなかった。
でも、それは母の気に入りの着物らしく、
いつかゆうが着ていいからね、
と何度も微笑みながら言っていた。
母は、去年、その着物を私のサイズに仕立て直しに出してくれた。
着付けの練習をしながら、
まさかこの派手な着物を、
自分が本当に着ることになるとは思わなかったなぁ、
と不思議な気持ちになる。
他の生徒さんに、よくお似合いですね、
と言われたけと、本当に似合っているだろうか。
母の派手なオレンジの着物。
いまのところ、そういう目でしか見れない。

もうすぐ飛行機の着く時間だ。
きっと、電話がかかってくる。
出発前、彼は心細そうだったから。
でも、きっと明日には、仕事の後に、
知らない街を仲良しの上司と一緒に散策して、
ビールを飲んで、お喋りをして、
元気になる。
一週間後には、楽しい出張を終えて、
帰ってくる。
彼は常に幸せに向かえる人なのだ。
私は違う。
常に中庸に向かいたい。
不幸ではいたくない。
でも、不幸な人がたくさんいる世の中で、とびっきり幸せになるなんてことにも躊躇してしまう。
それが偽善だとしても。

明日から、また毎日残業だ。
でも、火曜日は友達と会う約束をしている。
食の好みの会う友達で、二人でイタリアンのおいしいお店に行くと、
しきりに料理を褒めながら、食べる。
それが面白い。
火曜日は何を食べに行くのかな。