家族

忘れていく。
どんどん忘れていく。
忘れたことはわかるけど
何を忘れたのかはわからない。
心の大きな穴を
以前、満たしてくれていたもの。
その穴が塞がっていた頃はどんなだったのか。
どんな毎日だったのか。
忘れていくから、前へ進めるけど、
忘れたくなかったのに忘れたこともあるから、
心に穴があく。
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私が生まれた頃のビデオを父が送ってきた。
撮影は専ら父で、ビデオには母や3つ上の兄、そして私が映っている。
母は今の私より5歳上で、まだ若くて、とにかく幸せそうだ。
そう、母は私たちが小さい頃、いつも幸せそうだった。
いつも笑っていて、陽気で、優しかった。
そのことを忘れていた。
これは忘れたくなかったことだ。
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私たちが大きくなってからは、
小さな試練のようなものが積み重なって、
いつも幸せというわけにはいかなかった。
いっそ忘れてしまいたいと思うこともたくさんあった。
私たちは問題を抱えて、
何もできずに、窓を開けて新しい風を入れることもなく、
狭い部屋の中でぐるぐると回り続けた。
今の自分ならもう少し、何かできたんじゃないか。
そんな風に思っても、どうしようもない。
やり直す機会がないというのは残酷だ。
それでも悪いことだけじゃなかった。
楽しいこととか愚痴とかを何でも話せたり
何か美味しいもの食べに行こうか、と思いつきで出かけたり
そういう相手がいるというのは
とても温かいことだった。
その温かさはもう忘れてしまった。
思い出そうとすると泣きそうになるから、
忘れてしまったままの方が良いのかもしれない。
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私は、自分が家族を望んでいると思っていた。
結婚して、子供を産んで、家族を作りたいのかと。
でも違った。
私が望んだのは、自分の元の家族だった。
もっと言えば、母だった。
元の家族に未練を持ったままで、
新しい家族を作る心の準備ができていなかった。
今でもまだできていない。
全然できていない。
温かい場所、帰る場所、
喉から手が出るほど欲しいけど
「欲しい」と思うことと
「手に入れよう」「作り上げよう」
と思うことは全然違うことだった。
もう悲しくはない。
「アクティブだね」なんて言われるほど活動的に
自分の思うまま日々を送っている。
ただ心の一部は後ろを見続けている。
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忘れたから前へ進めたんだろうけど
今はまた忘れたことを思い出したい。
一つ一つ思い出して懐かしんだり胸を痛めたりする。
そうして心の穴を埋めていきたい。
そうしてちゃんと向き合ったら
またもう少し前へ進む準備ができるかもしれない。