しわ

一つの命が消えそうになっては盛り返してを繰り返している。
個室の病室は母のことを思い出させる。
でもこの病室にはたくさんの人が入れ替わり立ち替わり。
母の命が消えゆく様を心細く見つめたあの病室とは違う。
病人も違う。
90歳を越え顔には多くの皺が刻まれている。
目尻の笑い皺以外はつやつやとしていた母とは違う。
看病人たちの心持ちも。
寿命を遂げた者を送り出す人たちと
多くの未練を残し心構えもないまま残される人たちは違う。
四年経った。情けないことに私は未だにこんな仕様もない不平を書き綴る。
平気にしているし平気なんだけど
何かの折にふとこんな風に思ってしまう。
そう。世界は不平等だ。それを不満に思うのは当然で
怒りを感じるのも当然だ。
憎たらしい。
肩を寄せ合って
助け合って
大事な人の死を
乗り越えていける夫や
その家族が。
私は一人だった。
憎たらしい。
**************
実家がなくなる。
父は遠くへいく。
兄なんかもう連絡とりたくもない。
みなしごかよ。
強くならないと。
強く。強く。
ちゃんと生きていけるようにならないと。
家族はいなくても、
友達とか同僚とか
助けてくれる人はいる。
でもその前に自分でちゃんと
幸せに平和に生きれるようにならないと。
大丈夫。大丈夫。本当に。
欲張らなければ大丈夫。
ハルがいる。本がある。仕事がある。
友達がいる。家がある。大丈夫。
**************
金曜日に半日休んで、昼寝をした。
平和な午後だった。
夕方に閉館間際の図書館に滑り込んだ。
目当ての本をなんとか見つけて、借りることができた。
ちょっとした幸福のために走れる自分に
なんとなくほっとした。
勧めてくれた本は、全集の中の2話だった。
とても短いけど、心にじんと染みるような一話と、
くすっと思わず笑っちゃう一話。
この感想を話すことも、きっとない。
そんなことを悠長に話す時間はない。
次交わす言葉は、お帰りなさいと、
あとはなんだろう。
その瞬間に感じてることか。
久しぶりだね、とか。
もう春だね、とか。
早く毎日会える日々に戻るといい。