瞬間

久しぶりに、この瞬間が訪れた。
二人で静かに話せる時間。
胸がぎゅうと苦しくなる瞬間。
明日から少し長めの旅に出てしまうから
どうしても今日、話をしないわけにはいかなかった。
行ってらっしゃいを言うため。
別れの言葉を聞くため。
待つ間の心の拠り所を得るため。
帰ってこれるかな、と彼は言った。
旅はいつも危険が伴う。
でも、帰ってきてもらわないと。
まだ若いのだから。
身を案じてくれる両親がいるのだから。
4冊の本の名を、手近なメモに記してくれた。
二週間には、十分な量。
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冒険家の気持ちが、わからない。
昔、お世話になっていた人が言っていた。
家族や友人に多大な心配をかけて、
命を危険にさらす意味がわからないと。
ほとんど怒りながら、そう言っていた。
なるほど、冒険家は悪なのか、と
身近な大人の言うことは鵜呑みにしていた子供の私はそう思った。
今、初めて、その類の人に出会って、
なるほど、確かに意味はわからない、と納得する。
でも、怒りを感じるような意味のわからなさではなく、
不思議で、むしろ知りたい、わかりたいと思う。
何か一つのことに打ち込む姿は
少なからず周りの人たちに影響を与えている。
単純にすごいと思う。
その揺るぎなさが美しくさえある。
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仕事をしている時が一番、楽しい。
自分で計画を立ててものを作って、
実験をして、報告書を書く。
皆にとっては面倒な、異端な案件ばかり舞い込む。
私にはそれが目新しく、面白い。
根気が必要な仕事は、得意。
俊敏さが必要な仕事よりは、ずっと。
仕事と本とハル。
平日はそれさえあれば幸せだ。
たまに酒も。