日差し

去年、とてもいい本に出会った。
静かで、少し切なくて、懐かしいような本。
もし、もうすぐ命が終わる時は、
その本を読みながらいきたい。
だから、日本と独逸を行き来する時は、
必ずその本を鞄に忍ばせた。
大好きな、本。
その本を、彼に貸した。
その本にはとてもお利口な犬が出てくる。
主人公の良き相棒の、賢い犬。
その犬は、彼の大切にしていた犬と同じ名前だった。
貸した後に知った。
あの本を読んだら、彼はその犬を思い出すだろうか。
懐かしく思うのだろうか。
何を感じたか、聞きたい。
けれど、聞けないだろう。
話したいことや聞きたいことは積もり積もってゆく。
彼がくれた音楽の感想とか、
この前読んだ本の感想とか。
お互いの大事な人のことを話し合った、
あの時みたいな時間は、きっともうこない。
今日は少しの間、横に並んで、外を眺めた。
彼がいるだけで、ただの風景がなんて美しく見えるんだろう。
彼は、煙突に反射した光で、眩しそうにしていた。
そして、今日、本を貸してくれた。
小さな薄い本。
この本には何が書いてあるんだろう。
この本を読んで彼は何を感じたんだろう。
何故この本を彼は選んだんだろう。
静かでおおらかな彼と比べて、
せっかちで短絡な私はなんと無粋だろうと、よく感じる。
何か言って、少し恥ずかしくなったりする。
でも、これが私だ。
早く読みたい。早く。
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現実的な話、彼はモテる。
背が高くて、顔も良くて、ストイックなのだ。
変人さが、モテ度を減らしてはいるんだろうが。
私も初めは、とんでもなく変な人だな、としか思わなかった。
なのに今は、
彼のちょっとしたしぐさとかに、見とれるのだ。
恋とは恐ろしい。
ふと、失恋する自分の姿がよぎった。
最後に失恋したのは、10年前だった。
あれもなかなか辛かった。
今回も、叶うことはないんだろう。
それでも、すでにいろいろなものをもらった。
私と彼は似ている部分が多くて、
生きあぐねている私に対して、
彼には確固とした生き方がある。
彼をみていると、
ああ、こんな風にすればいいのかと、
思うところが多いのだ。
だから、いつか泣くことになったとしても、
無駄なんかではない。
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強くなりたい。
自分の価値観をちゃんと持って、
自信をちゃんと持っていたい。
鬼のような人や蛇のような人に怯えたくない。